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東京地方裁判所 昭和28年(ワ)8793号 判決

岩手殖産銀行

事実

原告東邦物産株式会社は昭和二十六年四月二十九日、買主訴外株式会社柏屋との間に米国産大豆三千瓲を一億八千三百五十万円で売買する契約を締結したが、間もなく、大豆が値下りをしたので柏屋の懇願により、原告、柏屋及び柏屋の取引銀行である被告株式会社岩手殖産銀行の三者間において、前記売買契約を次のとおり変更契約した。すなわち売買の目的物を米国産大豆四千瓲と改め、柏屋は原告に対し代金、積送等諸掛及び金利の概算として金二億八千万円を支払う、被告銀行は三千二百万円を柏屋に融資し、柏屋より原告宛振り出した約束手形七千万円につきその支払を保証する、柏屋は本大豆の販売代金から加工包装費と輸送費、火災保険料(何れも実費)を差引いた正味販売代金のすべてを被告に預託し、柏屋が原告に対して振り出し交付した手形金の支払に充てる。以上のとおり契約した上で原告は大豆四千瓲を柏屋の福岡工場に輸送したが柏屋は合計一億七千四百万円を支払つたのみで残額一億六百万円を支払わない。

ところで柏屋は昭和二十七年七月頃までの間に右大豆を代金二億円余で売却し、当時右代金を受領したのに前記約定に反し、右代金の内から千七百九十三万四百円を超過控除して他に支払い、被告銀行も右約定に違反して柏屋に右超過控除を許容した。

一方柏屋は、さきに被告に一億数千万円の債務を負担し、しかも昭和二十六年九月七日の約定当時から経営不振に陥り、工場の土地建物は全部他へ抵当に差し入れてあつたので、原告として柏屋に対する前記債権を実現するためには前記約定によつて柏屋及び被告銀行が保管する大豆販売代金に依存するほかはなかつたのである。このような状態における右売得金の散逸はそのまま原告の債権中右散逸額に相当する部分が無価値になつたことを意味し、従つて原告は被告の債務不履行によつて前記超過控除額相当の損害を蒙つたわけであるから、原告は被告に対し前記金千七百九十三万四百円及びこれに対する遅延損害金の支払を求めると述べた。

被告株式会社岩手殖産銀行は答弁として、原告主張の契約条項のうち加工包装費と輸送費、火災保険料を差引いた大豆の販売代金のすべてを被告に預託するということについては、一応の目標として掲げたものであつて、当事者の約定の趣旨は加工包装にかかつた実費は全部控除することができるという趣旨であつた。そして原告が超過控除したという金額は加工包装に実際に要した費用であり、従つて正当に支出されたものである。

また原告主張のとおり、被告及び柏屋はその連帯責任において、本件大豆の出入保管及び売上金の保管につき善良なる注意をもつて管理に当るものとする旨約定したことは認めるが、それは単に大豆の出入保管及び売上金の保管については被告が柏屋との連帯責任において善良なる管理者の注意義務をもつて管理に当る旨約した条項に過ぎず、特殊な趣旨をこめたものではない。従つて柏屋が大豆販売代金の内から支出した加工費、管理費、設備費、営業費等の経費を被告が原告に弁償しなければならぬ筋合はないと述べた。

理由

証拠を綜合すれば次のとおり認めることができる。

昭和二十六年四月二十九日の契約成立後大豆が値下りして一億八千万円以上の手形保証をすることは莫大な損失を背負い込むことになることが明らかとなつたので、被告は右契約上の手形保証を拒み、柏屋もまた右契約の履行によつて莫大な損害を蒙ることをおそれて契約内容の変更を原告に懇願した。しかし、また、被告は、もし右最初の契約が柏屋の不履行に終つた場合には柏屋が原告から莫大な損害賠償を請求されて立ち行かなくなり、従つて被告柏屋に対して有していた数千万円の債権も回収不能になるであろうと心配し、柏屋に曲りなりにも右最初の契約を履行させ右大豆を原料とする製油の事業を経営させ、何とか被告の債権も徐々に回収したいものと考えた。一方原告は、右最初の契約が柏屋の不履行に終るときは原告が経済的に大きな打撃を受けることになるので、もとより被告が柏屋を援助して柏屋に契約を履行させることを希望した。

かくして三者が交渉した結果、(一)、売買の目的物は大豆四千瓲とする、(二)、被告は柏屋の債務中三千二百万円について柏屋に融資し、七千万円について手形保証をする、(三)、加工、包装費及び輸送費並びに火災保険料の実費は大豆の販売代金から差引くことができるものとし、正味販売代金をすべて柏屋から被告に預け、柏屋が本件に関し被告から受けた融資金及び柏屋が原告に対し振り出し交付した手形金の支払に充てる、(四)、被告及び柏屋はその連帯の責任において、原告に対し、善良なる管理者の注意義務をもつて本件大豆及びその製品の出入保管、売上代金の収支、保管等の管理に当り、よつて大豆等の散逸、売上金の不当減少を防止する義務を負うものとする。

以上のとおりの契約が三者間に交わされたものと認められる。

而して原告が右契約に基いて大豆四千瓲を昭和二十七年二月二十五日までに柏屋の福岡工場に輸送し、柏屋に対してその売掛代金二億四千四百七十九万円及び柏屋の委託に基く包装、輸送等諸掛の立替金三千六十五万四千円の債権を有するに至つたが、柏屋が原告に対し一億七千四百万円を支払つたのみで残額一億六百万円を支払わないことは当事者間に争いがない。

そして柏屋が原告主張の時期までに原告主張の額の金員を大豆の売上金から控除して原告主張の費目に支出したことも被告が認めている。従つてこれは被告が前記管理義務を怠り不当に控除したものというほかなく、これによつて原告が損害を蒙つたとすれば、被告は原告に対しそれを賠償する義務を負うものといわなければならない。

証拠によれば、当時柏屋が経営不振の状態にあり、その土地建物は他に担保に供されていて、原告が柏屋に対する前記債権の実現をはかろうとすれば本件大豆及びその製品の売上金にかかるほかなかつたことが認められる。また他の証拠によると、被告は本件取引に関し柏屋に融資した金員はすべて本件大豆製品の売上金から支払を受けたことが認められる。

してみると、原告としては、もし右不当支出がなければその額に当る債権の回収を得ることができたのに、右額の不当控除が行われたためにその支払を受けることができず、それだけの損害を蒙つたものといわなければならない。

よつて被告に対する原告の請求は正当であるとしてこれを認容した。

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